院長コラム|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)内科|吹田市 緑地公園駅近く 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.139 家族には優しい? 厳しい?

2021年12月05日

先日、知り合いの医師と話をしていたら、「患者さんから、先生は家族にもそんな風に言うのか?」といわれた、と言いました。聞くと、「今後のことを伝えて、緩和ケア病院を探すことを勧めた」ところ、そのように言われ、患者さんは“そんなきついことを自分の家族にも言うのか?” と問いたかったのだと思うと。

しかし、以前にも書きましたが、医療従事者は、家族には厳しい話、というか現実を話しし、患者さんに対しては少しマイルドに言う傾向にあると思います。なぜなら、その患者さんの今まで生きてきた長い歴史も知りませんし、考え方、性格、乗り越えてきたいろいろな苦労、価値観、家庭環境なども知りませんから。お伝えしたいことの一歩手前で止まってしまうことが多いと思います。

以前、私の家族が脳外科の手術をする際に「良くなる可能性は?」と聞かれて「良くなる:変わらない:悪くなる=1:1:1」と答えましたが、主治医ならそんな厳しい数値は出さないと思います。しかし、家族には(それが子どもでなければ)、自分の知っている現実をかなり忠実に伝えると思います。優しい言葉が必要な時と、現実を見つめるために厳しい言葉が必要な時がありますが、そのタイミングを家族は知っていると思うのです。大切な人であればあるほど、重大なことであればあるほど、正確に伝えなければならないことがあります。

医師から緩和ケアへの入院の話をされると「主治医から見放された」「まだそんな状況ではない」と思うかたもいると思いますが、医療従事者の家族が緩和ケアが必要な状況にいれば、その多くは家族に緩和ケアの話をすると思います。また、人工呼吸器の装着をどうするか、心臓マッサージはするか、など、結構具体的な話もしているかもしれません。大きな流れの中で今どの地点にいるのか、が見えるので現実的になります。希望を持つことは大切だと思いますが、やはりそこには限界もあり、現状に立った上での希望になります。

「ニーバ―の祈り」として知られている、次のような言葉があります。
God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed,
Courage to change the things which should be changed, and the Wisdom to distinguish the one from the other.
Living one day at a time, Enjoying one moment at a time, Accepting hardship as a pathway to peace,

「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。
一日一日を生き、この時をつねに喜びをもって受け入れ、困難は平穏への道として受け入れさせてください。」

我々の力で何とかできるものと、どうしようもないことが、この世の中にはあります。なんとか「できる」かもしれないものについては「挑む」。しかしどうしようもないことについては「受け入れる」。時代が進み、多くの研究がなされ、その境界線は少しずつ「できる」方向に動いてきているとは思います。その結果、多くの癌患者さんが治るようになってきたのも事実です。
しかし、古来多くの権力者が願ってきた「不老不死」はいまだ手に入れることはできていません。「挑む」と「受け入れる」の境界線をどこに引くか。各人の人生観によっても違ってきますが、ときに立ち止まって考えてみたいものです。

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